考えさせているつもりで、考える芽を摘んでいたかもしれない

サッカー

――子どもの思考を止める、何気ない発話の話

ここはこだわって、もう一度考えたくなった

前回の記事を書きながら、ずっと引っかかっていたことがあります。
「自ら考えて行動する子どもが減っている」という話を、構造やデータで整理してみたけれど、じゃあそれは、いつ・どこで・どうやって起きているのか。
もう一段、足元に降りて見直す必要がある気がしていました。
思い返してみると、特別な出来事ではありません。
練習後の何気ない一言。
試合の帰り道の会話。
よかれと思って投げかけた、あの言葉。

「考えさせている」つもりで、思考を終わらせている言葉

「今の場面、どうすればよかったか分かるよね?」
一見、考えさせているようで、実はこれ、かなり強いメッセージを含んでいます。
正解はすでに一つに決まっていて、それを当てに来いという前提。
子どもは「自分で問いを立てる」前に、「大人の正解を探すモード」に入ります。
「次はこうしてみよう」
「さっきは、ああすればよかったね」
これもよくある場面です。
優しさでもあり、配慮でもある。
でも、子どもが自分の中で「何が起きたか」を整理する前に、振り返りが他人の言葉で終わってしまう。
結果として残るのは、
経験でも、学習でもなく、
「言われたとおりに動いた記憶」だけです。

なぜ、親や指導者はそうした言葉をかけてしまうのか

ここで、少し立ち止まって考えたくなります。
なぜ私たちは、こうした発話をしてしまうのか。
おそらく理由の一つは、答えがあまりにも簡単に手に入る社会に生きているからです。
うまくできないことがあれば、
「この動画を見てみよう」
「ネットで調べてみよう」
そうすれば、正解や手順はすぐに見つかる。
効率的で、便利で、間違いも少ない。
大人自身が、その世界にすっかり慣れてしまっています。
だから無意識のうちに、
子どもに対しても、
最短ルートで答えにたどり着かせようとする。

でも、体で覚えるものは時間がかかる

ところが、サッカーの技術もそうですが、
体を使って身につけるものは、そう簡単にはいきません。

うまくいかない時間が続く。
理由も分からないまま、試し続ける。
成果が見えない期間を、どうにかやり過ごす。

この「遠回り」に必要なのが、
考え続けられる力なのだと思います。

そしてこれは、
スポーツだけの話ではありません。
学問でも、探究でも、仕事でも、
本質的な理解に至るプロセスは、驚くほど似ています。

「考える力」は、教え込めないが、育ちはじめる

実はこの構造、感覚論ではありません。
教育心理学の分野では、かなり前から似た話が繰り返し指摘されています。

たとえば、**メタ認知(自分の考えを自分で振り返る力)**に関する研究。
小学生を対象にした実験では、「正解を教えない」「評価しない」「代わりに問いだけを返す」という関わりを続けたクラスの子どもたちは、時間が経つにつれて、
・自分でやり方を変える
・失敗を次につなげる
・挑戦を避けにくくなる
といった変化を見せました。

面白いのは、すぐに成果が出るわけではない点です。
むしろ数週間、数か月たってから、じわっと差が出る。

研究者はこうまとめています。
「考える力は、教え込んでも育たないが、問いが残る環境では育ち始める」。

正解を急ぐほど、思考は始まらない

もう一つ、よく知られているのが自己決定理論という考え方です。
人は「やらされている」と感じると意欲が下がり、
「自分で選んでいる」と感じると粘り強くなる。

ここで重要なのは、自由放任ではないこと。
選択肢は用意する。
枠も示す。
でも、最後の決定を子どもに返す

この関わりを意識的に続けたクラスやチームでは、
学力や技術以上に、
「自分で考え直す力」「途中で投げない姿勢」が育った、という報告がいくつもあります。

逆に言えば、
正解を急ぎすぎる環境では、思考が始まる前に終わってしまう

じゃあ、どうすればいいのか

正直、万能な答えはありません。
ただ、研究を読んでいて、個人的に一番しっくりきたのは、これでした。

答えを言わずに、問いを残す。
そして、まとめない。

「次はこうしよう」ではなく、
「他にやれそうなこと、ある?」。

「なんでできなかったの?」ではなく、
「一番難しかったの、どこだった?」。

評価もしない。
正解も言わない。
気まずい沈黙があっても、急がない。

これだけで、劇的に変わるわけではありません。
でも少なくとも、
考えようとした芽が途中で切られることは減る

終わらせない、という選択

いまも正直、試行錯誤です。
うまくいかない日の方が多い。
つい口を出してしまうこともある。

それでも、
「考えなくなった」のではなく、
「考える前に終わっていた」だけだとしたら。

まずは、
終わらせないことから始めてもいいのかもしれません。

takeisan

ギャラクシー賞監督で現役のテレビディレクター。アナウンサーなどの採用面接官も務める。週末は8歳の息子を追う「少年団パパ」。独自の観察眼で、少年団サッカーと将来の「選ばれる力」の意外な関係をドキュメンタリー風に綴ります。新連載:原爆の謎を追いかけて 公開中

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