テレビの仕事を長くやってきました。
ギャラクシー賞なんていう、身に余るような賞をいただいたこともあります。
ドキュメンタリーの現場で、何千時間も「人間」を追いかけてきました。
でもね。
週末の河川敷で、息子のスパイクの泥を落としている一人のパパになると、
そんな「プロの物差し」なんて、あんまり役に立たないんです。
そこには、どんな名脚本家も書けないような、
かっこわるくて、愛おしい「事件」が、あちこちに転がっているから。
二人のコーチのこと。
息子のチームには、対照的な二人のコーチがいます。
一人は、20代のMコーチ。
彼は、いわゆる「勝負」のプロ。
教え方は厳しいし、試合に出る子と出られない子の線引きも、
おどろくほどパキッとしています。
おかげで、彼が担当する高学年は、ものすごく強い。
お父さんたちも「Mコーチなら強くなれる」と、うれしそうです。
もう一人は、40代前半のTコーチ。
いつもニコニコしていて、腰が低い。
「パスが大事だよ」なんて教えようとするんだけど、
言い方がちょっとまわりくどくて、子供たちにはあんまり伝わっていない。
案の定、彼がもつ低学年チームは、連戦連敗です。
僕の8歳の息子も、なかなかレギュラーになれずにいます。
酒の席では、だれかがポツリとこぼします。
「Tさんの指導じゃ、いつまでも弱いままですよね」
「勝つ」の、その先にあるもの。
スポーツなんだから、勝ったほうがいいに決まってます。
Mコーチのやり方は、きっと、ひとつの正解なんだと思います。
でも、ふと思うんです。
「僕が息子をこのチームに入れたのは、チームを勝たせるためだったっけ?」
ちがうよね。
一番大事なのは、息子が、どう育つか。
それだったはず。
僕がTコーチを、心の底から信頼している理由があります。
彼は毎回、だれよりも早くグラウンドに来て、
お父さんたちと一緒に、重いゴールの準備を手伝ってくれるんです。
Mコーチは、それは「親の仕事」だと割り切って、手は出さない。
どっちが正しい、なんて言えません。
ただ、Tコーチのその背中には、
言葉よりもずっと確かな「誠実さ」という教育が、
静かに宿っている気がするんです。
「1年前より、強くなりましたね」
先日、負けてばかりでしょんぼりしている息子を遠くで見ていた僕のところに近づいてきて、
Tコーチが、うれしそうにいつもの笑顔で声をかけてくれました。
「息子さん、1年前と比べると、
ディフェンスのあたりが、ぐっと強くなりましたよね。
ほんとうに、成長していますよ」
胸の奥が、ぽわっと温かくなりました。
ああ、そうだよな、って。
僕も、まったく同じことを思っていたんです。
スコアボードには出ない、泥まみれの、1ミリの成長。
それを見逃さないで、自分のことのように喜んでくれる
「教えるのが下手なコーチ」が、そこにいてくれました。
面接官パパの独り言。
僕は仕事で、アナウンサー試験の面接官をすることもあります。
そこで最後に見るのは、「華やかなパフォーマンス」じゃなかったりします。
その裏側にある、その人だけの「手ざわりのある言葉」だったりする。
勝つのは、素晴らしいことです。
でも、負け続けた日々のなかで、
「だれかが自分の小さな一歩を見ていてくれた」という記憶。
それこそが、10年後、20年後の彼らが、
きびしい社会へ漕ぎ出すときの、一番のお守りになるんじゃないかな。
まわりくどいTコーチの指導を、
僕はもう少しだけ、信じてみようと思っています。
河川敷のドキュメンタリーは、まだ始まったばかり。
さて、明日もカメラのRECはオフにして息子の送迎にいかないと。



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