『「先にやった向こうが悪い」少年サッカーの理不尽なラフプレーに、親と指導者が教えるべき本当の勝ち方』(後半)

“見る目”

ラフプレーを容認された子どもを待ち受ける「頭打ちの未来」

そもそも、ラフプレーを「激しさ」と勘違いし、それを容認、あるいは「ずる賢くやってでも勝て」と推奨するようなチームで育った子どもは、将来的にどうなっていくのだろうか。

結論から言えば、その選手たちの成長は、ジュニアか、せいぜいジュニアユース(中学)の段階で完全に頭打ちになる。

少年サッカー界の権威・池上正さんはリアルスポーツのコラムなどで、日本の育成年代にはびこるこの問題について、極めてシビアな見解を示している。大人が目先の勝利を欲しがるあまり、子どもが強引に手を出したり、相手を削ったりして力ずくで止める悪癖を「球際が強い」「闘争心がある」と褒めそやすことの恐ろしさだ。

池上さんがズバリと指摘するのは、ラフプレーに逃げることで、サッカーにおいて最も重要な「見て、考えて、決める」という【認知と判断】のプロセスが完全に抜け落ちてしまうという致命的なリスクである。

サッカーの守備とは、本来、相手を観察し、スペースを埋め、正しいステップワークで対応するという高度な個人戦術の連続だ。しかし、ラフプレーという「反則(暴力)」に頼る癖がついた子どもは、その頭脳的なインテリジェンスや正しい技術を学ぶ機会を、自らドブに捨て続けていることになる。

身体が小さく、周囲の戦術理解も浅いジュニア年代のうちは、暴力的なアプローチで相手をビビらせれば、目先の試合には勝てるかもしれない。指導者も親も「ナイスガッツ!」と喜ぶかもしれない。
だが、高校や大学、その上のハイレベルなカテゴリーに行けば、そんな小細工は1ミリも通用しなくなる。

周囲のフィジカルや技術が追いつき、審判の目も厳しくなったとき、彼らには「自分で状況を見て、考えて動く」ための頭脳が育っていない。結果として、ピッチの上で何をすればいいのか分からない、ただの「不器用で危険な選手」へと転落していくのだ。

さらに残酷なのは、ピッチ外での未来だ。
日常的に「目的のためならルールを破ってもいい、他者を傷つけてもいい」という歪んだ成功体験を大人の顔色を見ながら刷り込まれた子どもは、サッカーを離れた社会の人間関係でも同じトラブルを繰り返すようになる。ルールやリスペクトを軽視する選手は、プロのスカウトや優秀な指導者からも「一発退場で試合をぶち壊すリスクが大きすぎる」と見放され、やがてどこへ行っても本当の信頼を得られず、最後には孤立していく。

大人が目先の1勝を欲しがった結果、子どもたちの可能性の芽をすべて摘み取っている。この理不尽な現実を、僕たちサッカーに関わる大人は絶対に放置してはいけない。

では、僕たちまともな大人は、この理不尽な現実とどう向き合い、子どもたちを導いていけばいいのだろうか。
その具体的な立ち回りとアプローチは、3つのレイヤー(階層)で考えることができる。

①【ピッチ内での対応】相手の汚い土俵(悪意)に立たない技術

まず大前提として、練習試合(TRM)は公式戦とは違う。大人がゲームをコントロールできる絶好の場だ。もし肘打ちや故意の蹴り足が横行しているなら、自チームのコーチが相手の指導者や審判へ「怪我の危険がある。あまりに酷い場合は試合を中断する」と毅然とした態度でNOを突きつけるべきだ。大人が全力で自分たちをプロテクトしてくれるという安心感があって初めて、子どもはピッチで冷静になれる。

そして子どもたちには、「相手が手を出してくるのは、技術で勝てないから焦って逃げている証拠だ」と教えてあげてほしい。相手の狙いは、こちらを怒らせてプレーの質を落とさせ、パニックに陥れること。そう一歩引いてメタ認知(客観視)ができれば、相手の汚い土俵に立たずに済む。

②【学びへの昇華】理不尽を栄養にして、本当の「タフさ」を磨く

人生には、これから先もたくさんの理不尽が待っている。社会に出ても、理不尽を突きつけられる瞬間は必ずある。そのとき、感情のコントローラーを相手に渡してやり返してしまったら、その時点で相手の術中にはまったことになる。

どんなに荒い状況でも、自分の感情を自分でコントロールし続けること。これこそが、将来の就職面接や、これからの長い人生を生き抜くために必要な本当の心のタフさ(GRIT)を磨く機会になる。

物理的な対策としては、相手の汚い手が届かない「判断と移動のスピード」を磨くチャンスにすればいい。触られる前にパスを出す。相手の逆を突いて一瞬で剥がす。「ボールをよく見る」「体幹を意識してブレない軸を作る」という日頃の地道な基礎練習の成果が、まさにこうした荒波の中でこそ活きてくる。

③【サッカー界への提言】「試合を組まない」というまともな大人たちの静かなNO

子どもは大人の鏡だ。ピッチで肘を出す子どもが悪いのではない。それを容認し、むしろ推奨するような大人の歪んだ指導方針が原因だ。

こうした暴力的なチームをなくしていくために、地域のまともなチームの指導者同士がネットワークを強固にし、「あそことやると怪我をする」「リスペクトがなく、学びがない」という評価を共有していくことだ。

そして、「次からはあのチームとは一切、練習試合を組まない」という無言のNOを突きつける。試合の機会(成長の場)を失うことこそが、勝利至上主義に毒されたチームにとって最大のペナルティになり、大人たちの姿勢を内側から変えさせる唯一の薬になる。

悔し涙を流した君たちへ。最高に冷えた頭で、最高に熱いプレーを

「やり返さずに、プレーで見せるんだ」

あの時、悔し涙を流した子どもたちの選択は、100%正しい。目先の理不尽に負けず、自分のサッカーを貫き通した君たちは、すでに相手チームよりも、何倍も人間として、サッカー選手として成熟している。胸を張っていい。

最高に冷えた頭と、最高に熱いプレーで、次は相手を完全に黙らせてやろう。その瞬間の「ざまあみろ」という極上の爽快感を目指して、静かに爪を研げばいい。

takeisan

ギャラクシー賞監督で現役のテレビディレクター。アナウンサーなどの採用面接官も務める。人口40万の市大会3位のMF。小中高の教員資格。週末は8歳の息子を追う「少年団パパ」。独自の観察眼で、少年団サッカーと将来の「選ばれる力」の意外な関係をドキュメンタリー風に綴ります。

takeisanをフォローする
“見る目”サッカー
シェアする
takeisanをフォローする

コメント

タイトルとURLをコピーしました