「うまくいかせたい」が、一番の敵だったかもしれない

“見る目”

――早く答えを言う時代に、思考はどう育つのか

ここまで書いてきて、
ずっと引っかかっていることがあります。

子どもの思考を止めていたのは、
無関心でも、放置でも、厳しさでもなかったのではないか、ということです。

むしろ、その逆。

うまくいかせたい。
失敗させたくない。
遠回りさせたくない。

その気持ちこそが、
いちばん頻繁に、子どもの思考に割り込んでいたのかもしれない。

先回りする親が増えたのは、自然なことだった

最近の親は、答えを言うのが早い。
そう感じる場面は、確かに増えています。

でもこれは、
親の質が落ちたとか、愛情が薄れたという話ではありません。

環境が変わったのです。

今は、分からないことがあれば、
動画を見ればいい。
検索すれば、理由も手順も一瞬で出てくる。

「考える」より先に、
正解に到達できてしまう社会です。

心理学や教育学の研究でも、
この数十年で親の関わり方は大きく変わったと整理されています。

  • 昔:放っておく、任せる、失敗させる
  • 今:見守る、支える、先回りして防ぐ

近年の調査によれば、約半数の親が学校の課題や進路、活動内容に過干渉していると回答しています。

  • 60%の親が「子どもの宿題を常にチェックする」と答え、
  • 45%の大学入試担当教員が「申し込みの保護者から過干渉があった」と報告しています。

この“子育ての時代変化”は一部で受け止められがちですが、子どもの自立や独立性に負の影響を及ぼしているという研究も増えています。

いわゆる「過干渉」や「ヘリコプターペアレント」と呼ばれる関わり方は、
不安の強い親が増えたから、というより、
不安を減らせる手段が増えた結果だと考えられています。

だから、
早く答えを言ってしまうのは、
ある意味、とても合理的な行動です。

昔の教え方は、理不尽だった。でも…

映画『国宝』の師匠の姿。あるいは、料理の徒弟制度。

理由は教えない。
なぜ美しいのかも説明されない。
ただ、手の角度、首の角度、目線を、何度も叩き直される。

今なら、理不尽だと言われるでしょう。

でも、あの環境には一つだけ、
今とは決定的に違う点がありました。

考えなくて済む逃げ道がなかった。

「なぜだろう」と思うしかない。
比べるしかない。
試すしかない。

研究者の言葉を借りれば、
あれは「教えない教育」ではなく、
考え続けざるを得ない状況でした。

今は真逆だ。そして、それ自体は進歩だ

今の学びは、
圧倒的に分かりやすい。

  • 手順は分解され
  • 理由は説明され
  • 最短ルートが示される

これは、間違いなく進歩です。

失敗は減り、
理解は早く、
到達速度は格段に上がった。

ここは、
きちんと評価されるべき点だと思います。

ただし、代償もあります。

考え続ける時間が、
意識しないと消えてしまった。

成功体験より、「失敗の扱われ方」

以前、書いた面接の話と、
ここはそのままつながります。

面接で差が出るのは、
成功体験の数ではありません。

むしろ、

  • 答えが分からなかったとき
  • 想定外の質問をされたとき
  • うまく話せなかったとき

その場面で、
どう考え直してきたか

心理学の研究でも、
自分で選び、試し、失敗を引き受けてきた経験が多い人ほど、
強い緊張の中でも思考が粘ることが示されています。

逆に、
失敗する前に答えを渡されてきた人ほど、
「答えがない状況」に弱くなる。

「考えさせたい」のに、考えさせていなかった

皮肉なことに、
多くの親や指導者は「考える力を育てたい」と思っています。

でも実際にやっていたのは、
考えなくても済む環境づくりだったのかもしれない。

  • 正解を早く示す
  • 失敗を避ける
  • うまくいく方向へ導く

短期的には、うまくいきます。
成果も出る。

でも長期的には、
考え続ける耐久力が育たない。

面接で露呈するのは、善意の蓄積だった

面接という場は、残酷です。

  • 正解がない
  • 途中で助けは入らない
  • 考えながら話すしかない

そこで露呈するのは、
努力不足ではありません。

これまで、
どれだけ自分で考える時間を与えられてきたか。

もし子ども時代、
多くの場面で「うまくいく答え」を先に渡されてきたなら、
あの場が苦しいのは、ある意味当然です。

やることより、やめること

じゃあ、どうすればよかったのか。

簡単な答えはありません。

ただ一つ言えるのは、
やることより、やめることがあったということです。

  • 正解を急いで渡すこと
  • 失敗を避けすぎること
  • 「うまくいかせたい」を最優先にすること

それを、
少しだけ手放せていたら。

同じ愛情で、違う形になっただけ

昔の親も、
今の親も、
子どもを思う気持ちは同じです。

違うのは、
愛情の表現手段です。

社会が効率化し、
合理化し、
答えが速くなった。

その中で、
育児も、指導も、変わった。

だからこの話は、
誰かを責める話ではありません。

気づいてしまった人が、
これからどう向き合うか
の話です。

苦さを引き受ける、という選択

うまくいかない時間は、
見ていてつらい。

遠回りは、もどかしい。

でも、その時間の中でしか、
人は「考えること」を自分のものにできない。

うまくいかせたい気持ちは、
間違っていない。

ただ、
それが一番の敵になる瞬間がある、という話です。

takeisan

ギャラクシー賞監督で現役のテレビディレクター。アナウンサーなどの採用面接官も務める。週末は8歳の息子を追う「少年団パパ」。独自の観察眼で、少年団サッカーと将来の「選ばれる力」の意外な関係をドキュメンタリー風に綴ります。新連載:原爆の謎を追いかけて 公開中

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